著作権表記 Art by iXima ©Crypton Future media,INC.
画像提供 東京都江戸東京博物館 / DNPartcom
「給料はいらないので、仕事をさせてください!」
そんな言葉を面接で本気で口にしたことがある人は、そう多くないはずです。
学歴なし。転職10社。全財産ゼロになった経験もある。それでも「好きなことだけは諦めない」と走り続けた結果、たどり着いたのはキャラクターグッズ業界。そして今では、「初音ミク×葛飾北斎」という世界も注目するコラボレーションを手がけるまでになりました。
長野で育った“落ち着きのない少年”は、なぜ夢を追い続けることができたのか。東京にあるキャラクターグッズ企画会社「株式会社Presence(プレゼンス)」代表・須藤貴士さんの、ちょっと破天荒で、とびきり熱い人生をたどります。
◆「音楽の仕事以外、考えられなかった」——夢だけを握りしめて長野から上京

好奇心旺盛で落ち着きがなく、勉強もほとんどしなかった——。
「株式会社Presence」代表の須藤貴士さんは、自身の子ども時代をそう振り返ります。関東で生まれ、10歳からは長野県長野市で育った須藤さん。高校時代は野球部に所属していましたが、音楽が大好きで、野球よりギターに夢中だったそうです。
そして18歳。「好きな音楽の仕事がしたい」という一心で東京へ向かいました。ところが、現実はそう甘くありません。学歴もなければ業界とのつながりもない。レコード会社の求人がどこにあるのかさえ分からない状態から、まずはCDショップでアルバイト生活をスタート。毎日のように牛丼を食べながら、いつか音楽業界で働く日を夢見ていました。それでも、不思議と諦めようとは思わなかったといいます。
「音楽に携わる仕事以外は、まったく考えていませんでした」。後に転職10社、全財産ゼロ、そして起業へ——。波乱万丈なキャリアの原点には、好きなことへのまっすぐな思いがありました。
◆「誰も手が届かない位やっちゃえ!」—人生を変えた一言

5年間のアルバイト生活を経て、ようやく念願だった音楽レーベルへの就職を果たした須藤さん。夢だった業界への切符を手に入れた瞬間でした。しかもその採用試験は、約600人の応募者の中から、合格者はわずか2人という狭き門。学歴もコネもない状態から夢を掴み取ったことは、須藤さんにとって大きな転機となりました。しかし、その場所はゴールではなく、本当の意味で自分の実力が試されるスタート地点でもありました。
「通用する学歴が自分にはなかったし、あまり会話が上手ではなかったので、周りの人達にはよく馬鹿にされていました。」
憧れの世界に飛び込んだものの、思うようにいかないことの連続。それでも須藤さんは立ち止まりませんでした。思いついたことはまず行動してみる。そして、「できない」「無理」と言われると、むしろ挑戦したくなる——。そんな少しひねくれた性格もあって、周囲から距離を置かれることもあったといいます。
そんな時期に出会った、大阪を代表する会社の社長からかけられた一言が、今も須藤さんの胸に深く刻まれています。
「誰も手が届かない位やっちゃえ!」
その言葉に背中を押されるように、須藤さんは「チャンスがないなら、自分で作る」という勢いで、次々と新しい挑戦へ飛び込んでいきました。ある面接では、「給料はいらないから仕事をさせてください!」と伝えたこともあったそう。損得勘定よりも、「やりたい」という気持ちを優先する。そのまっすぐな熱量こそが、音楽業界からキャラクター業界へ、そして起業へと続く道を切り拓いていったのかもしれません。
◆全財産を失い、30代でゼロに戻った—それでも前へ進んだ理由

音楽業界で働くという夢を叶えた須藤さん。しかし30代前半、大きな転機が訪れます。お世話になったアーティストたちの協力を得ながらボランティア活動に取り組む中で、気づけば全財産が底をついていました。
「好きだった音楽業界の仕事を離れる決断をし、ひとつの区切りと新たなスタートを切りたいと考えました」。
全財産ゼロ。まさに人生の再スタートでした。次に目指したのは、以前から興味を持っていたキャラクター業界。しかし実績も経験もなく、転職活動は思うように進みません。無職の期間を経て、ようやく就職できた会社は、休日らしい休日もない厳しい環境だったそうです。それでも須藤さんは、当時を前向きに振り返ります。
「この経験が今考えると大きな財産となり、営業、開発、版権等垣根がない業務をクリアしていかなければならず、とても良い経験をする事が出来ました」。
音楽業界とキャラクター業界。一見すると無関係にも思えるふたつの世界ですが、須藤さんにとってはどちらも「好き」を追い続けた先にあった場所でした。
転職10社。無職期間。そして全財産ゼロ。
遠回りに見えた経験の一つひとつが積み重なり、後に業界最小クラスの会社でありながら、大手企業との直接契約を実現する大きな武器となっていったのです。
◆偶然の出会いが生んだ「音楽×キャラクター×アパレル」

全財産ゼロから再スタートを切った須藤さん。その転機となったのも、実は故郷・長野との縁でした。音楽業界で思うような結果が出ず、気分転換も兼ねて長野市を訪れていた頃のこと。そこで、長野を拠点に活動するアパレルブランドの関係者と出会います。須藤さんは「一緒に面白いことをやりたい」と自ら声をかけ続けました。しかし、最初はなかなか話が進まず、何度も断られたといいます。それでも諦めずに動き続ける中で、長野県ゆかりの漫画家による作品の実写映画化企画と、所属アーティストとのコラボレーションの話が重なり、「音楽×キャラクター×アパレル」という、それまでにない企画が実現しました。
「長野の四季のような、それぞれの良さが感じられるコラボレーションが形にできた」。須藤さんはそう振り返ります。音楽、キャラクター、アパレル——異なるジャンルが交わることで、新しい価値が生まれる。その面白さを実感したこの経験は、後に株式会社Presenceを立ち上げる原点となりました。
「人と人をつなぐこと」「異なるもの同士を掛け合わせること」。
現在の事業にも通じる考え方は、このときすでに芽生えていたのかもしれません。
◆人との縁が背中を押した、株式会社Presenceの誕生

2021年4月。新型コロナウイルスの影響で社会全体が先の見えない状況にあった中、須藤さんは株式会社Presenceを設立しました。起業を決意する大きな後押しとなったのは、最後に勤めていた会社での経験でした。須藤さんが立ち上げた新規事業部の実績や取引先を、当時の社長が快く事業譲渡してくれたそうです。「本当にありがたかったですね」と須藤さん。人との縁に支えられながら、新たな一歩を踏み出しました。
会社名の「Presence」は、英語で「存在感」を意味する言葉です。しかし、その由来は単なる自己主張ではありません。「皆様の存在があり、私が成立するという意味も込めています」須藤さんはそう話します。
これまでの人生を振り返れば、音楽業界で出会った仲間、仕事を任せてくれた人々、そして新しい挑戦を応援してくれた人たちとの縁が、常に大きな支えとなってきました。
ちなみに、「Presence」という名前は須藤さんが愛してやまないロックバンドのアルバムタイトルが由来になっているそう。60〜90年代のロックから多くの影響を受けてきた須藤さん。その価値観や生き方は、会社の名前にも自然と表れているのかもしれません。
◆「それ、絶対に面白い!」—葛飾北斎×初音ミクが生まれるまで



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株式会社Presenceでは、アニメや漫画などのキャラクターライセンスを活用し、キーホルダーや缶バッジなどのグッズを企画・販売しています。業界では決して大きな会社ではありません。しかし、そんな須藤さんたちが挑んだのは、誰も想像しなかったようなコラボレーションでした。それが、葛飾北斎と世界的バーチャルシンガー・初音ミクを結びつけるプロジェクトです。
約260年前に描かれた浮世絵と、現代を代表するバーチャルシンガー。一見すると接点のないふたつの存在ですが、須藤さんの中では「絶対に面白くなる」という確信があったといいます。認知度の高くない小さな会社が、大手企業や版権元のもとへ企画を持ち込み、協力を依頼する——簡単な挑戦ではありませんでした。それでも須藤さんは一社ずつ丁寧に想いを伝え、企画を形にしていきました。結果として商品は大きな反響を呼び、大手通販サイトではランキング1位を獲得。須藤さんの挑戦は確かな結果へとつながりました。
そんな中で、最も印象に残っている出来事があるそうです。家族で富士山方面へドライブに出かけた際、立ち寄ったサービスエリアのお土産売り場に、自社の商品が並んでいるのを偶然発見しました。すると横にいたお子さんが、商品を見ながらこう言ったそうです。「めっちゃカッコイイ商品だね!」
須藤さんは思わずうれしくなったものの、「子供には弊社商品とは今も伝えていません」と笑います。大ヒットやランキング1位ももちろんうれしい。しかし、自分が手掛けた商品を純粋な目で評価してもらえたことが、何より心に残った瞬間だったのかもしれません。

また、この企画からは「VINTAGE・JOINT(ヴィンテージ・ジョイント)」というブランドも誕生しました。“歴史的価値のあるものと、新しい価値をつなぐ”。須藤さんがこれまで続けてきた「異なるもの同士を結びつける挑戦」は、今も新しい形へと広がり続けています。
◆「迷ったら、笑いのある方へ」——Presenceが描く未来

仕事をするうえで大切にしている考え方を尋ねると、須藤さんはテレビプロデューサー・テリー伊藤さんの言葉を挙げました。
「迷ったら、笑いのある方へ」
うまくいかない時や迷った時こそ、深刻になりすぎず、少しでもワクワクする方を選んでみる。音楽業界への挑戦も、キャラクター業界への転身も、起業も、決して安全な選択ばかりではありませんでした。それでも前へ進み続けてこられたのは、「まずやってみる」という行動力があったからだといいます。


現在は、海外企業からも株式会社Presenceの取り組みに関心が寄せられており、日本の現代アートやIPコンテンツを世界へ発信する新たな挑戦も始まっているそうです。
「いま流行りのAIではなく、実体験やその人達でしか生みだせない表現方法や空間、イラスト、アートをもっと様々な方に日本を感じて頂けるようにしたい。」
人にしか生み出せない表現や感性を大切にしながら、日本の魅力を世界へ届けていくこと。それが須藤さんの描く次のステージです。そして、長野の若い世代へ向けては、こんなメッセージを送ってくれました。
「”本気”でやる。事を実践すると見えてくる景色が変わってくると思います」
学歴もコネもない。転職は10社。全財産ゼロになったこともある。それでも、「好きなことを本気でやる」という気持ちだけは手放さなかった——。
長野で育った“落ち着きのない少年”の挑戦は、まだ終わりません。
(かぶしきがいしゃ プレゼンス)
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●問い合わせ
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