
松本市に工房を構える柳沢木工所は、戦後の民藝運動の流れを汲みながら、70年以上にわたり木の魅力を暮らしに届けてきた老舗の木工所です。カラマツをはじめ、県内産の木材を使い「木もれ燈(こもれび)」の名で展開される照明器具、椅子や小物、木のおもちゃなど、和の趣と現代の暮らしに寄り添う製品を数多く手がけています。
今回は、柳沢木工所の4代目社長・柳澤哲夫さんと奥さまの由香利さんにお話を伺い、地元産の木材にこだわる理由や、日々手がけている製品に込めた想いについて語っていただきました。

柳沢木工所の原点に息づく民藝のこころ
1948年創業、柳沢木工所の歴史は、戦後の松本における民藝運動と深く結びついています。そのあたりの背景は、会長である邦夫さんの方が詳しいということで、会長にお話しを伺いました。
邦夫さんのお父さんである創業者・柳澤次男さんは、大工としての修行を経て、戦後に兄弟とともに木工所を立ち上げました。松本市が家具産業の再興を目指して民藝運動の指導者・柳宗悦氏らに助言を求めたことをきっかけに、民藝の理念に共鳴。池田三四郎氏(松本民芸家具創業者)らとともに、民藝家具の制作に取り組むようになります。
「最初はいろいろな人たちが手を挙げたんですが、最後まで残ったのは松本家具とうちだけだったんです。父が病死したのを機に母が事業を継ぎ、大型の家具はやめて、照明器具や皿立てなどを作るようになっていったんです」
長年にわたり松本の木工文化と民藝の精神を支えてきた邦夫さんは、現在も職人として製品づくりに取り組む一方、信州ものづくりマイスターとしても活動されています。

信州産カラマツの特性を活かした製品づくり
企業や店舗、自治体などからのオーダー製品を手がけるなか、1999年には上高地のビジターセンターとインフォメーションセンターの家具工事を依頼された同社。その際、設計士より「森林の循環を進めるために、ぜひカラマツ材を使ってほしい」という要望があったのだそうです。
「カラマツって節が多くて、ヤニもたっぷり出るし、割れやねじれも起こりやすい。だから職人には敬遠されがちな木なんです」と邦夫さん。その扱いづらさから伐採や利用が進まず、森林の健全な循環が滞る要因ともなっていました。
そうした背景を受け、長野県では間伐材や地域材としてのカラマツ活用を推進、地元の企業や職人たちがその可能性を切り拓いています。
多くの苦労を重ねながら完成したそのカウンターは、20年以上が経った今もなお、変わらず使われ続けています。
現在は4代目の哲夫さんが代表を継ぎ、カラマツのみならず県内産素材の普及と伝統を大切にしながらも、現代の暮らしに寄り添う新たな木工製品の開発に力を注いでいます。
哲夫さんが木のおもちゃを作りはじめたのは、哲夫さんの息子さんが3歳のとき。「車のハンドルを作ってほしいってお願いされて。それで作ってみたのがきっかけです」。四谷にある「東京おもちゃ美術館」に認定され、現在は木曽にある「おもちゃ美術館」でも展示販売されています。
そして今、人気なのが「積みづらい積み木」というレンズ型の積み木のおもちゃ。
「お子さんは積むのも好きなんですが、崩すのも好きなんですよ。作ってみてからわかったんですが、1枚1枚手作りなので、プラスチック製品と違って密度が均一ではないんです。この不安定さが逆に強みで面白みであるんですよ」と由香利さん。素材は強度があるアカマツを使用。気温や湿度によってまた変化するのも魅力です。

信州の木で伝える、森とともに生きる未来
地元の小学校やイベントなどで、信州産の木材を使って箸や音の鳴るおもちゃをつくるワークショップ「出前講座」を開催。
「子どもたちに身近にある木に対して興味をもってもらえればいいなと思って取り組んでいます。生きている木を伐採するのはよくないというイメージがあるかもしれませんが、木の力が弱くなってくると災害を防ぐことができない、木を切ることで山が若返るんですよ。そうやって木も世代交代をしていかないといけないということを子どもたちに伝えています」
木育活動にも取り組みながら、県産材の価値や魅力を広め、もっと身近に感じてもらえるよう取り組んでいます。

インタビュー後に松本ショールームを案内してもらいました。
ここでは、同社が手がける照明器具、キッチン用品、木のおもちゃなど、暮らしに寄り添う木工品を実際に手に取って見て購入することができます。
「先日、65年前に照明器具を購入していただいた方が修理に持ってこられました。三世代にわたって大切に使い続けていただいていることを、とてもうれしく思いました」と哲夫さん。
唯一無二の魅力を持つ木工製品は、時を重ねるごとに暮らしに寄り添いながら、その価値を深めていきます。信州の豊かな森から届いた木材が、これからも人々の生活を温かく照らし続けていくことでしょう。
■柳沢木工所
https://mokko.co.jp/